美しさについて。 vol.11 黒田雪子

2023.10.13

vol.11 黒田雪子さん(金継師)

漆を使って、欠けた器を修理する。漆で継いだところに金粉を蒔く。今でこそポピュラーな「金継ぎ」ですが、職業とする人はまだ少なかった時代から地道にものを直しつづけてこられた金継師の黒田雪子さん。直すこととは、そして美しさとは何か、お話を伺いました。
――金継ぎを始めたのはどのようなきっかけからだったのですか?

ある日来客があって、お酒を飲みながら家で食事をしていたとき、私が大切にしていた古い小皿が落ちて割れたんです。そのときは割れちゃったなというくらいだったけど、皆が帰ったあとにその器を探しても見つからなかった。ようやく見つけたときはゴミ箱のなかで、誰かがあえてそうしてくれたのでしょうが、そのことがとても切なかったんです。これを直してあげよう、と思ったのが直接的なきっかけでした。今にして思えば、ゴミ箱になければ、金継ぎはやっていなかったはずです。

もともとの素地はあったと思います。20代の頃に住んでいた家の隣が大家さんで、古い立派な日本家屋でした。ある日大家さんが熟した梅の実を持ってきてくれたので、梅酒をつけたことはあったからほかに何かつくってみようと図書館に行ったんです。梅干しの作り方が書かれた本を見つけ、梅干しって作れるんだって。そこから日本の文化や食にハマっていきました。外国人が日本文化を知って面白いと感じるような感覚に近いのかもしれない。

でもね、その時私は、梅をアルミの寸胴鍋で漬けたんです。そうしたら鍋底がボコボコに穴が開いてしまって。梅の酸が強いからなのですが、驚きましたね。ひとつひとつトライ&エラーを繰り返すうちに、土用の丑の日前後に梅を干すのは、その頃の太陽がいちばん強い日差しだとか数々の疑問がわかりはじめ、面白くなってのめり込んで、保存食なども手当たり次第に作っていったんです。

そんなふうに日本の文化を調べていたから、金継ぎのことも知っていました。

――その器は、ご自身で直したんですか?

金継ぎはもちろん誰かに頼もうと思って探したのですが、見積もりまで半年待ちと言われて。そういう世界なんだと驚いたんです。それで待っている間に自分でも色々調べてみました。

漆というものが、塗料であり接着剤にもなるということを、頭では知っていたつもりでしたがより深く納得したというか。梅干しのときみたいに、金継ぎのことを調べるうちに漆についてものめり込んでいくんです。結局その器はそれから数年後になりますが自分で直しましたね。

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ーーそのころはどのようなお仕事をされていたんですか。

フリーのグラフィックデザイナーでした。欧米のものがかっこいいという時代です。でも、自分にフィットしていない気持ちがずっとあって。それは今にして思えば自信がなかったということに尽きるけど、自分はゴミを生み出しているのではないかという思いがあったんですね。当時から自分らしく誇りをもって生きるにはどんな道を行けばいいのか模索していました。そんなときに、漆の面白さと直す行為に魅了されていくんです。

初めは職業にしようなんて考えはなくて、ただ知りたいという気持ちだけ。でも自分の気持ちに忠実でありたいと、当時抱えていたデザインの仕事はすべて友人に託して、デザイナーの仕事はきれいさっぱりやめました。若さゆえの怖いもの知らずでした。

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ーーそれは、すごい覚悟に思えます。いつから「金継師」となったんですか?

正式に生業としたのは2007年です。器のお店を営む友人と雑談をしていて、金継ぎを勉強していると話したんですよ。そうしたら金継ぎって何?うちで窓口を作るからやってみない?という話になって。

すぐに無理って断りました。値付けの方法もわからないし、誰のどんなものを直すのか、考えれば考えるほど難しく思えて。それでもやってみなよと肩を押されました。それから間もなく陶芸家の方から、窯傷があるものは製品にできなくて産業廃棄物になってしまうという話を聞いて、じゃあそれを金継ぎして展示してみようということに。それが大好評だったんです。新品の値段より高くなってしまうものも売れて、それを見た方、買ってくださった方からさらに口コミが広がって。予想をはるかに超えた展開でした。

当時は「金継師」なんていう肩書きはありませんでした。初めは躊躇したけど、わかりやすいしキャッチーだからいろんな人に理解してもらいやすいかなと思って、名乗るようになったんです。

ーー今でこそとてもポピュラーな言葉にはなりましたが、16年前は違ったんですね。

そうですね、「金継ぎ」をしていた人はほんの一握りでした。

作家の器が流行り始めたころで、いわゆる生活工芸ブームともクロスしたのでしょう。震災もありたくさんのものが壊れたこともあって、毎日すごい数を直していました。

職人の世界って、若い頃から修業する人が多いのでたとえば蒔絵師さんを見ても、漆を扱う技術などは到底かないません。私はデザインでやってきたことや見てきたことを後ろ盾にしようと考えました。ぱっと見ではわからないかもしれないけど、伝統的ななかに新しさとは何かについて模索しながら入れ込んでいるつもりです。

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ーー金継ぎの面白さはどういうところにあるんでしょうか?

梅の実から保存食をつくるとき、人間が手を加えることで、そのあとは発酵の力が進めてくれるところが面白かったんです。一致団結した共同作業みたいで。漆もそうで、酵素の力で硬化することで乾きます。洗濯物と違って、酵素の働きで硬化していくことを乾くというんです。私が塗ったあとに、漆が働いている。一連の流れが自然で、それがとても美しいことのように感じています。

ーー金継ぎをやってみたくなったらどうしたらいいでしょう。

失敗を恐れずに思いのままにやったらいいと思います。どうしたらいいかわからないと止まることで気持ちの炎が小さくなる方が、失敗だし損失だと思うから。

時間も費用もかけたのに大失敗することもある。でもやることのほうが重要です。失敗は失敗じゃない。なんでも糧になるのだから、とりあえず、閃いたことは行動にうつしてみてください。

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ーー金継ぎとは、直すこと、修理することだけではない力がありそうです。

たとえば私が死んで、この器が残ったとします(目の前にある欠損のない器)。魅力的な器なら、廃棄されることなく誰かの手に渡ると思いたい。同じように、私が壊れた器を直して、それが美しく仕上がれば、人から人の手に渡り、もしかしたら時代すら超えて大切にされるかもしれないと思うと、胸が熱くなります。

ものの、器の命というものがある。壊れた存在をどう蘇らせるかは、直す人の手にかかっています。だから願わくばずっと長く残るように直そうと仕事をしています。

ーー黒田さんが考える「美しい人」とはどういう人でしょうか?

目や表情や仕草などには、内面が現れています。怖いほどに。魅力的な内面をもった人が美しいと感じます。

ーー内面が魅力的な人になるにはどうしたらいいでしょう。

私もそうなりたいと思います。それってきっと、薄紙を重ねるかのごとく、日々のことが大切で。私は、よく寝ることと、自分に合った食事、日常生活をちゃんとすることがすごく大事。そうすることで、自分にとっての正しい判断やベストな仕事ができるから。

疲れたとき、頭の中がぐるぐると悩んだりしたときは、寝て、ちゃんと食事をして、体を整えることでまたさっぱりと、自分にとっての正しさを積み重ねることができると思っています。それにより、自ずと後悔しない生き方もできるのではないかな。
PROFILE
黒田雪子(くろだ・ゆきこ)
静岡県生まれ。グラフィックデザインの仕事をへて、陶磁器の直しを行う。著書に『金継ぎをたのしむ 陶磁器・漆器―大切なうつわの直し方』(平凡社)


Photo : Yu Inohara
Text: Nobuko Sugawara(euphoria factory)