わたしをつくる美的小物 vol.12 塩谷舞

vol.12 塩谷舞(文筆家)

SNSやnoteを中心に、文筆家として注目を集める塩谷舞さん。ものえらびにも深いこだわりをもつ塩谷さんにとっての美的小物を教えてもらいました。

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森夕香さんの植物画


昔から植物画が好きです。植物画には観察・研究としての文脈があるから、目線が素直なところが好みで。大学の後輩でもある森夕香さんの植物画は、京都にある彼女のアトリエにお邪魔したときに購入させていただきました。この秋、私達の母校が京都駅の近くに移転するのですが、森さんはその場所に自生していた草花の姿を留めようと植物画を描き始めたそうなんです。この植物はカラスノエンドウ。どこにでも生えているような植物ですが、あらためて観るとツルがくるんとしていて可愛い。でもそろそろ時期ではなくなってしまうので、今は秋の植物を描いてもらっているところです。掛け軸をお天気や季節によって変えるように、四季折々の植物をこれからも集めていきたいです。

ちなみにこの作品は、家のお手洗いに飾っています。「素敵な作品なんだから、もっと良い場所に飾ればいいのに」と思われるかもしれませんが、お手洗いまで居心地の良い家って、気持ちがいい。狭い空間の中にいるのに、作品を観ていると子どもの頃カラスノエンドウを笛にして遊んでいた思い出なんかが蘇ってきて楽しいですね。

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〈Y. & SONS〉の 扇子


扇子がほしくて探していたのですが、昔ながらのものや、土産物屋で売っているようないかにも和風なものが多くてなかなか理想のものが見つかりませんでした。そんなときに見つけたのが、メンズ着物のセレクトショップ〈Y.& SONS〉のオリジナル扇子です。本美濃紙の草木染で、メンズ用として販売されていました。モダンなデザインで飽きがこないです。

いつも持ち歩いています、落語家さんみたいに。汗をかいても、扇子だと、仰ぐ姿が様になりますね。持ち運びもしやすいし、孫の手みたいにも使えて(笑)、意外と使い勝手がいいんです。

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スーべニールスプーン


デンマークに住む友人カップルが日本旅行で我が家に滞在してくれたとき、朝ごはんは彼らが用意してくれました。近所で買ったパンといちじく、デンマークから持ってきてくれたチーズ、そしてゆで卵。朝の卵料理って少し面倒だと思っていましたが、彼らが茹で卵の頭部分だけをスプーンでカチカチと割って、殻をむかずにスプーンをスコップのようにほじくって食べるのを観て、「なんて楽で便利なの!」と小さな衝撃を受けました。目玉焼きだとフライパンを洗わなきゃいけないし、茹で卵は剥くのが面倒だと思っていたけど、これならすごく楽。塩をかけて食べるだけでもいいし、熱々の半熟卵にバターをのせるのもおいしくて。その食べ方にはまって、先の細い小さなスプーンがほしくなって蚤の市で見つけたのがこのスーべニールスプーンです。

彼らはエッグスタンド代わりに食器棚からおちょこを出してきたり、我が家の食卓が東京ではないように見える食卓を用意してくれました。反対に私が出汁の取り方やお米の炊き方を教えたり、家のなかでも文化交流ができたのはいい思い出ですね。

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『自分ひとりの部屋』ヴァージニア・ウルフ=著 (平凡社ライブラリー)


イギリスの評論家・作家ヴァージニア・ウルフの、フェミニズムエッセイでもあり批評でもある一冊です。文章を書く仕事をしていると、論考のときは硬い文章を求められるし、女性向けの媒体だと柔らかい文章を求められることがあります。自分にはどちらも必要なのに、どうしてどちらかは男っぽく、どちらかは女っぽく書かなければいけないんだろうと考えていました。

ウルフはそれを織り交ぜて、批評についてもエッセイのように詩的なセンテンスを混ぜたり、情緒的な風景の描写に社会への批評を入れたりと、こういう書き方があっていいんだと気づかせてくれました。

硬さと柔らかさが混ざった文章が私も好きだし、そうした文章を読みたい。私の本は「女性向け」とくくられることが多いですが、そこには少しでも抗いたいと思っています。柔らかすぎず、硬すぎず。柔らかさに輪郭を与えるような文章が書きたいです。

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〈SHINTO TOWEL〉のバスローブ 


大阪出身なので、地元愛もあって愛用していた〈SHINTO TOWEL〉。あるときメーカーさんが試作品のバスローブを送ってくださって、色が濃いものがいいとか、乾きやすいものがいいとかリクエストをお伝えしたんです。そうした意見を反映してくださったのが、このバスローブ「YUKINE」です。

お風呂上がりにそのまま羽織って、スキンケアをしたり、髪の毛を乾かしたり、整えてからパジャマに着替えて眠るというのがルーティンになりました。とても重宝しています。

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暮らしにハリを与えてくれるもの。


ものを買うときは、使い勝手や値段を見てプラスチック製品を頼ってしまうこともありますが、家の風景がそういうものだらけになってしまったら気持ちが落ち着かない。ゴミになるものばかりとか、シングルユースのものばかりだな、とか。

だから買い物は、自分が使い終わったときに人に譲ることが出来るか、古道具屋に並べられるか、という視点も忘れずに選んでいます。トレンドよりも、自分の暮らしや、その地下に流れる文化に誇りを与えてくれるもの。そして誰かが愛を持って使っていたものや、ていねいに作られたものは、ぞんざいには扱いづらいですよね。「もの」への敬意を持っていると、単調な暮らしの中にもハリが与えられるな、と感じます。

未来を見据えたお買い物。


産業革命によってものが大量生産されるようになったことで、人びとの暮らしが貧しいものになってしまったとウィリアム・モリスは嘆いていました。その場しのぎのもので溢れて、生活の中から美しさが失われていくことは、私にとっても悲しいことです。

美しさに意識を向けると、家のなかの景色がよくなり、家の庭や外観が良くなり、街並みがよくなり、景観がよくなる。もちろんそれは一人では実現し得ないことなのですが、でも一人の熱狂から美しさが伝播していくこともありますしね。
PROFILE
塩谷舞(しおたに・まい)●1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学美術学部総合芸術科卒業。会社員を経て2015年に独立。2017年、オピニオンメディアmilieuを立ち上げ、自身の執筆活動を本格化。Note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)。

*撮影小物はすべて塩谷さん私物。

photography : Kengo Motoie
text : Nobuko Sugawara(euphoria factory)