美しさについて。 vol.10 木村綾子

2023.09.01

vol.10 木村綾子(〈COTOGOTOBOOKS〉店主)

読者モデルやタレントなどを経験したのち、書店員として、本を多くの人に届けるイベントなどを企画してきた木村綾子さん。2021年に自身のオンライン書店〈COTOGOTOBOOKS〉を立ち上げました。自らのセレクトした本を、どう届けたらいいか日夜考え、丁寧に届けていく。そんな木村さんの本への想い、美しさに対する想いを聞きました。

aboutbeauty_010_01.jpg

――本の楽しさを知ったのはいつからですか?

まずは、本よりも先に「文字」がありました。祖母が書道家で、実家の敷地の離れで習字教室を営んでいたんです。私はおばあちゃん子で、物心つく前から遊びに行っていたようで。まだ文字にもならないような文字を、祖母に筆をとられながら「きむらあやこ」と書いている姿が原風景としてあります。おもちゃ遊びをする感覚で文字を楽しんでいました。

その地続きに本があり、本を読むようになっていった感じですね。祖母と私以外の家族は本を読む習慣がなく、家にはあまりなかったんですが、祖母の肩身分けをしているときに見つけたこの『ピノキオ』は、何度も読んでもらっていたことを鮮明に覚えています。だんだん自分で読めるようになっていくのが楽しかったな。おそらく父が子どもの頃のものです。祖母は息子、そして孫にも読み聞かせてっていうことをしていたんだなって。

aboutbeauty_010_02.jpg

――木村さんは太宰治の愛好家であることも知られています。太宰にはまったのはいつなんですか?

高校生の頃、世の中と折り合いがつかず「絶望」していたとき、街を歩くみんながキラキラ輝いて見えて、私ひとりがここにいることにそぐわない、ダメな人間なんだという気持ちに苛まれました。もう無理、耐えられないと思って路地裏に逃げ込んだ先に1軒の古本屋さんがあって、入ると書棚にピカーっと光って見えたのが『人間失格』だったんです。まるで仲間を見つけた気持ちで手に取りました。人間失格というぐらいだから、きっと私以上に絶望して、最低な人生を歩んでいる人間がいるのだろうと。

夢中で読んだ2時間後、気持ちが180度変わっていました。お前の絶望や孤独感なんてまだまだだぞってはねのけられたような体験。大庭葉蔵という主人公が、何をしても人と交われず社会からも見放され、けれど最後まで生かされてしまうという物語に、こんなふうにしてまで人って生きちゃうんだと、希望を得たんですよね。

めちゃくちゃ興奮しながら、友人に「『人間失格』読んだらすごく元気でた」って話したんですよ。でもその友人はポカンとした目で、まったく共感を得られなかったんです。むしろ、「女の子が太宰を好きとか言わない方がいいよ」なんて言われちゃって。まだそういう時代だったんですよね。

でも、私が思ったことをなかったことにしないと駄目なのかなって。希望の書に思えたという体験は真実なのだから、大事にもっていてもいいじゃないかと。それから、どうして太宰がそういうふうに思われてしまうんだろうという視点と、もっとこの人の作品を読んでみたいという好奇心が並行して、どんどんはまっていきました。

aboutbeauty_010_03.jpg

――モデルやタレントとしても活動された木村さんの個性の一つが「本」でしたね。

大学生の時、街角スナップを撮られたことがきっかけで読者モデルになりました。純文学好きな大学生という肩書きが珍しかったようで、本の紹介をしたり、コラムを書くお仕事もいただくようになります。雑誌の影響力もあり、街で声をかけていただくようになると、好きな本や作品を紹介しても「一体誰に届いているんだろう」という怖さと、「好きという気持ちだけで語りつづけて大丈夫なのかな」という怖さも感じるようになって。まずはしっかりと文学というものの土台を作ろうと思って、キャリアアップの気持ちで大学院に進学したんです。

太宰治のゼミをとり、論文も書いて卒業しました。太宰の没後60年、生誕100年という節目のブームもあり、29歳で初めての著書(『いまさら入門 太宰治』(講談社))も出版。でもそこで、これまで感じていた「私の書いた言葉は、一体誰に届いてるんだろう」という疑問がピークに達したんです。

aboutbeauty_010_04.jpg

――不特定多数への恐怖ということでしょうか。

はい。顔の見える範囲で、ひとりひとりに届いた手応えを掴んでみたいと真剣に考え、周りの人にも話すようになったんですね。

一軒家を借りて蔵書や仕入れた本をおきつつ、イベントをしたり、本好きの友達が集える場所とかを住み開きみたいな形でやろうかなみたいなことを話していたら、「それで食べていけるほど商売や経営の知識があなたにはあるの?」と指摘してくれた人がいて。それで紹介されたのがブックディレクターの内沼慎太郎さんでした。書店業の仕組みごと学びたいならうちにおいでよと誘っていただいて、ちょうど準備中だった〈本屋B&B〉の立ち上げに関わることになるんです。コンセプト決めや物件選びから始めるという、貴重な体験をさせていただきました。

下北沢の〈本屋B&B〉では開店日から7年半、毎日イベントを企画・開催していました。そこで学んだのは、当たり前のことですが、人がお金を出すという行為はシビアだということ。本は1冊買ったら一生楽しめるけど、お金をさらに払ってイベントに来ていただくには、本をよく読んで企画しなかったり、埋め合わせで何でもいいからやろうみたいにしていると、やっぱり集客には繋がらないんですよね。

aboutbeauty_010_05.jpg

――〈本屋B&B〉の後は蔦屋書店に参加され、そして、ついにご自身でオンライン書店〈COTOGOTOBOOKS〉をスタートされました。しかもコロナ禍でしたね。

下北沢という土地に店を構える〈本屋B&B〉でやれることはできたかなという達成感を感じると同時に、同じ本や企画でも、場所が変わるとどんな変化が生まれるだろうという興味が大きくなっていきました。全国に場所を持つ蔦屋書店さんが声をかけてくださったんですが、そのお話が始まった途端にコロナ禍が始まってしまって。

各地に作家をお連れしてイベントを開くという当初の目標はほとんど達成できなかったのですが、逆に、オンラインで全国を繋ぐ方法を模索したおかげで、どこにいても、本を通してコミュニケーションができるという自信がつきました。これまでよその場を借りてやってきたことを、自分の持ち場に一つずつ移していこうかなと。それで自分の屋号を構えたのが2021年の8月でした。

aboutbeauty_010_06.jpg

――<COTOGOTOBOOKS>という名前にはどのような思いが込められているんですか?

ある方につけていただきました。「あなたがしていることは、“本に書かれてあること”と“世の中のこと”を繋いで、その本だけでは到底届かない、遥か彼方までその本や読者を連れてってあげるようなこと。だから、“こと”と“こと”を掛け合わせるという意味で、ことごとっていうのはどうだろう」と。

――木村さんのこれまでのキャリアの集大成のような名前ですね。1カ月に10冊、木村さんがセレクトした本を特典付きで販売する、というスタイルも面白いです。

一冊を読み込み、どのような特典がふさわしいかをイチから考えられるので、自分の場所ならではの自由さがあります。10冊に決めたのは、もし自分が本の仕事をしていない読者だったら、月に読める本の数って頑張ってもそれぐらいだろうと思って。セレクトした本はどの本も同じ熱量で紹介すると決めていたので、一冊一冊丁寧に紹介して届けていくとしたら10冊が限界だなというラインですね。

aboutbeauty_010_07.jpg

――この8月で2年経ちましたね。いかがですか?

ありがたいことに飽きないですね。うちはこういう店ですという強固な信念があるわけではなくて、時代とか、そのときに〈COTOGOTOBOOKS〉に集まってきてくれた人たちの顔ぶれとかを見ながやってみたいことを考える、そんなふうにいつまでもぐにゃぐにゃしていたいなっていう思いがあります。

最初は実店舗がゴールだと思い込んでいました。でも、オンラインだからこそ多くの人に出会えた。コロナが収束したからといって、どこかに本屋を構えたら、皆さんが私のところに来るのを待つことしかできないじゃないですか。なので、私が会いに行くのが自然な流れなんじゃないかなと考えました。今年からはポップアップで積極的に作家さんと本を連れて、あなたの街まで会いに行きますというのを、大きな一つの軸として掲げていこうと思っています。

aboutbeauty_010_08.jpg

――木村さんにとっての美しさの価値観は変化しましたか?

19歳ぐらいからプロに写真を撮っていただく機会がありましたが、結局、外見だけ綺麗にしていてもばれてしまうんですよね。写真を見ると、このとき精神的にあんまりいい状態じゃなかったなとか、このときはすごくいい時期だったなというのが表情でわかる。だから美しさはにじみ出るものなのだと思います。

年を重ねるごとに、美しいと思うものや嫌悪することなど、自分の物差しができてきますよね。世間的には美しいとされていないものだとしても、軸があることで自分を凛とさせてくれるような気もする。外見を嘆くよりは、内側からにじみ出るものを、美としたいと感じています。

aboutbeauty_010_09.jpg

――「美しさ」に新たな発見をもたらしてくれるような本を3冊選んでいただきました。

『台所道具を一生ものにする手入れ術』日野明子=著(誠文堂新光社)

使い込んだり、欠けたところを修復したりすることで唯一無二のものになっていく、経年していくことの美しさを感じられる人でありたいと選びました。日々の手入れがそんなに難しいことではないことにも気づくし、高級なものを買い集めて手をかけるのではなく、日常でできる美しさの保ち方みたいなことを教えてくれる本です。

スキンケアやお化粧も、お金をかければいいわけではないじゃないですか。季節や体調に合ったものを選び、丁寧に手入れをすることが、美しさを保つことに繋がるとも思うので。

『わたしの好きな季語』川上弘美=著(NHK出版)

季語という季節を捉える文化、風景を五七五で切り取る俳句は日本人独特の文化であり、喜びだと思います。この本は川上弘美さんが古典から現代俳人までいろんな方々の俳句を集めながら、折々のエッセイを綴られています。川上さんの言葉使いも美しい。季節ごとにこんなにも私達はいろんな言葉に囲まれているんだと気付ける1冊です。


『台所のおと』幸田文=著(講談社文庫)

耳を潜めて、その人の機微、たとえば今機嫌が悪いのかなとか、自分のために何かをしてくれているな、みたいな、音に耳を澄ませるような短編集なんですね。この表題作は、余命いくばくもない佐吉という夫が、妻の立てる台所の音を通して愛しく思う気持ちが描かれています。言葉をいかに重ねるよりも、静寂のなかで感じ取るものの豊かさみたいなことを気づかせてくれますね。


  • 簡単にわかってしまう美しさって、きっとすぐに飽きてしまうものだと思うんです。目に見えないものとか、見たものをどう言葉に捉えるとか、あるいは劣化してしまったものを自分の手で蘇らせる美しさとか。そういうことの方に比重を置いて、私は美しいということを捉えていきたいなと思います。


    aboutbeauty_010_10.jpg

  • PROFILE
    木村綾子(きむら・あやこ)
    1980年生まれ。10代から雑誌の読者モデルを経験し、書店員、イベントプランナー、文筆家として活動。2021年8月、自らセレクトしたすべての作品に特典を添えてお届けするオンライン書店〈COTOGOTOBOOKS  https://cotogotobooks.stores.jp/ 〉をスタート。


    Photo : Yu Inohara
    Text: Nobuko Sugawara(euphoria factory)