美しさについて。 vol.8 ナタリー・カンタクシーノ

2023.07.14

Vol.8 ナタリー・カンタクシーノ(写真家)

スウェーデン・ストックホルム出身の写真家で、東京を拠点に活動するナタリー・カンタクシーノさん。生まれ育った国と今暮らす国の“美”にどのような違いがあるのか、瞬間の美を切り取る職業でもある写真家ならではの視点を伺いました。

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――初めて写真に触れたのはいつ頃ですか?

14歳か15歳の時に、祖父の遺品でカメラをもらいました。古いドイツ製の中判のフィルムカメラでした。家庭や人間関係が不安定で、現実から逃げたいという気持ちがあった頃でした。それで写真を撮るゾーンに入っちゃったんです。あまり考えずに、自分のフィーリングだけで撮っていました。

――どんなものを撮っていたのですか?

人です。歩くのが好きだったから、近所を歩いてその辺の人を撮っていた。家族や友人ではなく、見知らぬ人を撮っていました。引っ越しが多くてシャイな性格だったので、あまり友人がいなかったこともあったかも。カメラを持って人間ウォッチングをしていたんです。

――写真を仕事にしたのはどのようなきっかけで?

趣味として撮りつづけていましたが、仕事にしたのは日本に来てから。留学生の頃モデルをやっていて、いろいろなカメラマンの働き方やセンスを見ながら私もそちら側に行きたいと思ったんです。誰かのイマジネーションの世界ではなく、自分で作りたいし表現したいと思った。それでまずは日本の会社で働いてみようと、メーカーのブランディング部に入りました。ブランディングとコピーライティングとインハウスのフォトグラフィーが仕事でした。

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――日本で会社勤務をしていたんですね。

そう。メーカーに就職したのが2017年頃だと思います。それまでも、日本語学校に通うなどの長期滞在は何回かしていましたが、ストックホルム大学の日本語学科生だったときに交換留学で東京に来て、モデルをやったのちに、写真を仕事にしたいと。

――今では食やライフスタイルの撮影も多くされていますが、最近はメンタルヘルスをテーマにした作品に取り組んでいたとか。どんな理由からだったんですか?

日本で働いていたときに、慣れない環境で頑張っていたことに加えて母が亡くなったこともあり、精神的に不安定な時期がありました。人事に相談したけれど、親身になってくれなくて。対応の仕方がわからないから重い話を避けるというか。メンタルヘルスの問題が、日本はまだタブーなんだと感じました。それで、メンタルヘルスの病を抱えて、立ち直った人のポートレートを撮ろうとSNSで希望者を募ったんです。たくさんの人と会ってインタビューしましたが、みんなそれぞれが違って興味深かった。聞けば素直に話してくれました。コロナ禍になってしまったら、使い捨てのカメラを送ってセルフィーを撮ってもらっていました。このプロジェクトは形を変えようと思って、今ちょっと中断しているんですが。

スウェーデンでのメンタルヘルスケアは、以前より進んだと思います。もちろん完璧ではありませんが、国からのサポートもあるし、セラピーに通って、みんな正直に話すようになった。日本でも、もっと歯医者みたいな感じでカウンセラーに通えるようになったらいいのにと思います。

――今取り組んでいるプロジェクトはありますか?

自然のポートレートを撮っていて、展示もしたいと思っています。あと、子どもの頃から映画が好きで、映画を作りたい気持ちがあります。今も、スウェーデンの大学のクリエイティブライティングのオンライン講座を受けていて、脚本を書いています。

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――“美しさ”に対して、スウェーデンと大きく違うと感じるところはありますか?

日本とスウェーデンでは、デザインなどの美的価値観が似ていると思います。ミニマルなものが好きだし、60、70年代にはシンプルでクリーンなデザインが多いところも。でも、今のスウェーデンはもっとサステイナブルや環境保護の視点に立ったデザインが多いかな。日本はまだキャンディが一つひとつラッピングされていたり、ちょっと「あれ?」と思うことが多い。昔のデザインを踏襲するのではなく、もっと現在の環境にベストなものに進化させたらいいんじゃないかと思いますね。

スウェーデンでは、どんなに美しい昔のデザインも、変化させないと罪悪感を感じるようになっています。スウェーデン語で「klimatångest」、英語だと「climate anxiety」とか「eco anxiety」という言葉があるんですが、常に自分の行動が環境にいいか悪いかを考えて、それでストレスも抱えてしまうほどに。スーパーに行っても野菜ひとつ買うのにすごく悩むし、国内旅行ももう飛行機は使わない。ヨーロッパにも電車で行く人が多いです。

日本に旅行に来るスウェーデン人は、日本の伝統的なクラフトの美しさを尊敬していると思います。何十年もつづいている工芸品の美しさを。

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――どのような人を美しい人と思うか、昔と今で変化はありますか? 

あまり変わっていないと思います。私が写真を好きになったきっかけはエドワード・ウェストンが撮る女性のヌード写真でした。綺麗な女性の足に剃っていない毛がそのまま写されていて、一般的にそれは醜いものとされているけれど、綺麗だと思った。

人も、ものも、真実が伝わるものが美しいと思います。これが美しい、これは美しくないと判断するのではなく。

だから私は全部を知りたいと思います。人の話を聞く時にも、醜いところ、考えていること、美しいと思っていることが知りたい。日本でも、桜は散るから美しいというじゃないですか。美しいことと醜いこと、生きることと死ぬことの組み合わせがあってこそだと思います。

――ナタリーさんもそういう人でいようとしているんですね。そのためには何が大切でしょうか。

素直で正直であることかな。ミスしたときにちゃんと言えるとか、周りの人に愛を与える、親切にするとか。人生は短いから、周りの人に親切にした方がいいじゃないですか。
PROFILE
ナタリー・カンタクシーノ(NATHALIE CANTACUZINO)
スウェーデン・ストックホルム出身のフォトグラファー。東京で日本文化や写真技術を学び、ファッションからドキュメンタリー、ライフスタイルのジャンルで活躍。


photography : Yu Inohara
text : Nobuko Sugawara ( euphoria-factory)