美しさについて。 vol.3 出野尚子

2023.01.12

vol.3 出野尚子 chanowa主宰

熊本市にあるtaishojiで中国茶の教室〈chanowa〉を主宰している出野尚子さん。教室だけでなく全国でお茶会を開き、自由に楽しむお茶の世界を伝道しています。Instagramを通した通信稽古で日々発信される、美しいしつらえと所作にファンも多い出野さん。お茶と美しさの世界について聞きました。

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——お茶との出会いについて教えてください。

鹿児島のお茶どころで育ったので、よく家でお茶を飲んでいました。親が淹れてくれた煎茶を、出涸らしじゃ嫌だというような子どもだったんです。就職で熊本に出て、熊本で結婚したんですが、太極拳の先生が開く中国茶のお店でスタッフを募集していると知り、お店が家のすぐ近所だったこともあって働くようになりました。

それが、オーナーの名前をつけた〈王蘭〉という中国茶館でした。紅茶のお店で働いたことはあったんですが、中国茶は初めて。小さな杯でゆっくりと何煎も重ねるお茶の飲み方は経験したことがありませんでした。2年半くらい働いたところで王蘭さんが中国に帰ることになり、私も一緒に働いていた友人と一緒に、〈茶の和〉という屋号で中国茶の教室をやってみようと独立を決意したんです。最初は漢字だったけど、堅苦しくて〈chanowa〉に直しました。

人に教えるからには資格とかがあった方がいいのかなと思って、東京にある、茶藝師の資格を取れる短期集中講座に行ったりもしました。お茶の勉強は楽しかったけれど、自分が好きなのはお茶の「情緒」にあると気づいたことが収穫でしたね。決まった知識を教えたり“頭で飲む”ようなことではなく、お茶の楽しさを伝えたいんだと。

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——〈chanowa〉の活動はどんなふうに始まったんですか?

近所のコミュニティセンターを借りて、定期的にお茶会をしていました。センターにある調理室で友人が料理やお菓子を作って、小さな和室に移動して私がお茶を淹れるというスタイル。安い金額でしたし、身内には教室じゃなくサークルって言われるくらいだったんですが(笑)、5年くらいつづけました。

そうこうしていたら料理科の細川亜衣さんが、泰勝寺の広場でお茶会をしないかと誘ってくれたんです。2013年くらいでしょうか。「場所は大切だよ」と教えてくれたのは細川さんでしたね。

2016年の熊本の大地震がきっかけで、一緒に〈chanowa〉をやっていた友人がアトリエを作って独立することになりました。細川さんがtaishojiの食堂を改修して設備が整ったこともあり、私が一人でお茶の教室をやらせてもらうようになったんですね。台湾の茶人、謝小慢さんからも、生徒をもつことで茶の世界がもっと深まるとすすめられたのも大きかったです。定期的に会う生徒さんがいたら交流も生まれるし、自分も能動的になりました。その決心をしてよかったなと思っています。

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——2021年からは、出野さんがセレクトしたお茶を郵送し、そのお茶を淹れる様子をinstagramでアップするという通信稽古も始められましたね。何かきっかけがあったのですか?

中国や台湾、日本で出合ったお茶を「茶箱」という形で希望者の方に送るサービスは以前からやっていたんです。でも、一方的に送るだけだったので、皆さんが本当においしくお茶を飲めているのかどうかがわからず不安でした。

ポットや急須、カップや茶碗があれば誰でも飲めるものだけど、淹れ方によってグッとおいしくもなるんですよと。それでその方法をお伝えして、皆さんと一緒に飲みたいなと思いました。ちょうどコロナ禍で、外に出て行く仕事も少なくなったし、時間もあったので、お茶を届けるだけのやり方ではなく、飲み方もお伝えしたくなったんです。

最近は地方や東京に出張し、茶会をすることも増えたので、通信稽古の生徒さんが来てくださってお会いできるのがとても嬉しいですね。

——出野さんがお茶を淹れるときのしつらえが素敵で、それを楽しみにお茶会に参加される方も多いと思います。

今でこそ日本の作家さんが素敵な中国茶器を作られるようになりましたが、20年前はすごく少なくて、中国や台湾で買った現行品を使っていました。昔から好きで集めていたアンティークや骨董品を組み合わせると、そんな茶器でもよく見えるなと思った。お茶のときの景色をよくする満足感もいいものです。

しつらえを考えるのも楽しいですが、自分や家族のためにおいしいお茶の時間があるだけでいい。お茶会にわざわざ来てくださる人は大切な時間を使ってやってきてくださるのだから、いい時間にしないとと思います。

茶会は、背筋を伸ばしたまま、体がほぐれて、みんなで調和する時間ですね。一人ではなく、みんなで集って温かいお茶を飲んでいるうちにほぐれていく。みんなが一つのまるになる。〈chanowa〉っていい名前だなあって自分でも思います。

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——出野さんにとって「美しさ」とはなんでしょう。

茶杯にお茶が入っていくとき。いつも、ああきれいだなと思いながらお茶を淹れています。

そしてやはり何かに打ち込み経験を重ねているひとに美しさを感じます。私自身も深い呼吸を意識し、調和が取れている人になりたいなと思っています。

東京の人こそお茶が必要だと思います。自然が多い場所にいたら深呼吸できる場所も身近にあるけど、東京だと自分から見つけに行かないといけないですよね。お茶はどこにも行かないでスッと気分転換ができる。息がしづらい瞬間があると思うけど、こうしなくてはいけないというルールを忘れて、お茶をもっと自由に、身近に親しんでほしいですね。
PROFILE
出野尚子(いでの・なおこ)
〈chanowa〉主宰。鹿児島出身。熊本の中国茶店「王蘭」で中国茶を学び独立。熊本市内にある泰勝寺<taishoji>を活動のベースに、京都や東京、全国で茶会や教室を開いている。

cooperation : LEAFMANIA
movie&photo : Yu Inohara
text : Nobuko Sugawara(euphoria-factory)