詩人 黒川隆介とお酒を嗜む。第六回〈のんき〉

今回で最終回となりますが、夢野カケラ先生の「ソードマスターヤマト」さながらのエンディングとなるでしょうか。張ってきた伏線回収に動きます、黒川隆介です。
詩を書くこととコピーライター業を生業としていますが、5,6坪ほどの小さなバーをはじめようと現在物件を歩いて探す日々です。
「この連載を読んで、あの店に行ってみました。」といった声がちらほら聞こえることがこの連載冥利でしたが、「この物件紹介できますよ。」という読者さんからのお便りがあれば、さらに書いてきてよかったと思えそうです。公私混同よろしくお願いします。

終点の取材地は、二子玉川駅から徒歩10分ほどの「居酒屋 のんき」
開業は1974年、オープンして48年目の老舗です。
店名の由来を聞いたところ、考えるのがめんどくさいから、親戚がやっていた居酒屋の名前「のんき」からそのままとったとのことでした。

店名となると得てしてエピソードや思い入れを詰め込みそうなものですが、この辺りの洒脱さに老舗たる所以を感じずにはいられません。
「どういったお店にしよう、みたいなものはありましたか?」と重ねて聞くも、「そんなもんはないね」とお母さんがハニカミながら。
何気なしに暖簾をくぐったのは6,7年前、独特な温かさのある味なお店です。

kurokawasann_006_02.jpg
■ Shop Information
のんき
〒158-0094 東京都世田谷区玉川4-8-3
営業時間:17:00~21:00

のんきの酒は脳に来ます。硬すぎて、固形を飲んでいるように感じます。酒豪自慢の友人を連れ立っても、概ね2,3杯で仕上がってくれます。一見さんはまず、一口飲んで目を見開きます。
お店の売り上げを考えた場合、もう少し薄くしないと杯数が頼まれないんじゃないかとお父さんに聞いてみると「わたし酒飲まないから全然杯数がどうだとか気持ちわからないんです。だったら最初からうちは濃くしちゃおうって。」
これが老舗スタイルですね。一杯いくらでどうこうなんかは超越して、もう酒飲みの気持ちはわからないから濃くしちゃうぞって。

さて一杯目はのんき名物「バナバ茶ハイ」を頼みます。いわゆる緑茶なんかよりも渋みがなく、透明性の高いのどごしがペースを早めてきます。バナバ茶はフィリピン産の薬草だそうで、利尿作用も抜群とのこと。
こちらのバナバ茶ハイもビジュアルがダミアン・ハーストの作品を思わせる濃密度。酒を見た目で選ぶ節がある人は他にいませんか。

kurokawasann_006_03.jpg

「なんにもない」
料理についてのこだわりをお母さんに聞いてみた際の回答です。
なんにもないはずがない、趣向を凝らした料理が目の前にあるから聞いてみたものの。
とはいえ、ここで引き下がるわけにもいかず、ジャブを出しつづけていくと、どうやら常連さんの「こんなものを食べてみたい」というオーダーに応じて、ひとつずつのメニューが誕生していったことがわかりました。
こちらのポテトコロッケは海老、イカなどのシーフードがごろごろと入っており、これまで食べてきたコロッケとは一線を画したお味。

つづいての「明太子入り玉子焼き」は、息子さんが幼稚園へ通っている際に、醤油や調味料を持って行かずにもお弁当で食べられるものを、ということから考案された一品。その味はもちろんですが、ビジュアル部門でも他の追随を許しません。
元々は焼き鳥屋だったということですが、創作料理が増えていった結果、今では新鮮なお刺身から餃子、煮物といった豪華なラインナップが焼き鳥の種類を追いやっています。

「その辺で買ったものってみんなわかるでしょ?うちの客はそんなの食べないから」
メニューは日替わり、出来合いのものはなく、すべて手作り。
アジの刺身を頼めば、まるまる一尾で出てきたりと、ボリュームも値段設定もゴン攻めののんきです。

kurokawasann_006_04.jpg

仕事の依頼もほとんどなかった冬、ふと暗澹たる気持ちがこみ上げ、まっすぐには帰らずのんきの暖簾をぐくりました。店内で流れているテレビをぼーっと見ながら、カチカチの酒を片手に、定番メニューのナス揚げをつまむ。出口の見えないトンネルを掘っているような気になって、杯数はすすんでいきました。財布の中身も頼りないので最小限のおつまみをあてにひとしきり飲み、会計を済ましてお店を出ました。
「ちょっと」と小さな声がし、振り返るとお父さん。突っ立っている自分の手に温かいものが乗っかったと思ったら、ラップに包まれた炊き込みご飯でした。

「帰ったら食べな」言い終わるか終わらないかぐらいには店に戻っていったお父さん。のんきには通ってはいましたが、自分が何を志しているか、ましてや名乗ったこともなく、毎度隅で飲んでいたので状況が飲み込めませんでした。
ただただ胸がじーんとし、家に着いてからではなく、歩きながら無心でその温かい炊き込みご飯おにぎりを食べました。
取材の際に、この時のことが特別記憶に残っている旨をお二人に話したところ、独身男性が来ると、ごはんが食べたいだろうなということで時折同様のことをしてきたということでした。
なぜ独身だと見破られたのかは知りたいようで知りたくなかったため聞きませんでしたが、48年つづくということの本質に触れたような気がしました。

こちらの連載ではたくさんのお店の方々、そしてmeethの方々にお世話になりました。
「お酒の連載読んでます」と街で声を掛けてもらい、そこから友人になったこともありました。
どこかで皆さんとばったり出会すかもしれません、その暁には硬めの酒で乾杯しましょう。

kurokawasann_006_05.jpg

kurokawasann_006_06.png


&meal banner_meeth.jp@2x.png
WRITER
黒川 隆介 -Kurokawa Ryusuke-
16歳から詩を書き始め、国⺠文化祭京都2011にて京都府教育委員⻑賞を受賞。最新の詩集は『この余った勇気をどこに捨てよう』。連載にマガジンハウス『POPEYE Web』での「私的にいいとこ、詩的なところ」や、タワーレコードのWebメディア『Mikiki』での「詩人・黒川隆介のアンサーポエム 」がある。脳科学者からラッパーまで枠を超えた対談を多数行い、雑誌『BRUTUS』の本特集でも対談が4Pに渡り組まれる。詩人の傍らコピーライターとしての一面も持ち、企業の広告コピーも手がける。