わたしをつくる美的小物 vol.6 前田エマ

vol.6 前田エマ(モデル)

モデルにとどまらず、エッセイやペインティング、写真などさまざまな分野で活躍し、昨年は自身初となる小説も出版した前田エマさん。学ぶこと、気持ちを引き締めること……前田さんの「美的小物」も、その言葉の世界を広げていくものばかり。

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〈Paso〉のリングと〈SEIKO〉の腕時計


ピアスはあいていないし、ネックレスもしないし、アクセサリーはほとんどつけません。けれど〈Paso〉のリングはゴツめのシルエットがお気に入りで、これがちゃんと映える手元にしておきたいと思わせてくれる、お守りみたいな存在ですね。

時計は昨年の30歳の誕生日に買いました。周りには海外のブランドものやヴィンテージの時計をつける友人が多くて、一緒にお店を回ったりもしたんですが、一番気に入ったのがこの時計でした。祖母も、母と父も〈SEIKO〉の時計を使っているからかな……。私にしっくりくると思いました。

時間は時計で見るタイプなので、ないと落ち着かないんです。使いやすくて形も好きで、〈Paso〉のリングとも、私の定番である黒や白の服にも似合う。いくら化粧をしたり着飾っても、自分の視界に入る体の部分って手元が一番多いじゃないですか。だから気分よくいられることが大切ですね。

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手帳と手紙


いつも手帳と筆記用具を持ち歩いています。手帳は〈ARTS&SCIENCE〉のブックカバーをつけて、毎年中身を入れ替えています。もう5年くらい使っていますね。

スケジュールは100%手書き派です。アイデアや、今日やることリスト、本を読んでいて気になった言葉とか、とにかくなんでもメモしています。たまにスマホにメモすることもありますが、スマホだと見返さないんですよ。手帳はペラペラと見返すことができて、偶然「ん?」と目を留めるページがある。昔の手帳も時々開いて、こんな言葉を書いていたんだと発見があります。そういう、非効率ななかにアイデアや面白さは潜んでいると思うので、めくるという行為が好きですね。

美大生だったこともあるのか、鉛筆で書くことが好きなんです。鉛筆特有の太さ、柔らかさが。私は筆圧が濃くてシャープペンだと折れちゃって。でも、鉛筆って持ち歩くのは不便ですよね。この(写真下)〈北星鉛筆〉の「大人の鉛筆」は、シャープペンの形状で太い芯が出てくる。芯の削り器もあって、まるで鉛筆。こちらの(写真上)〈コクヨ〉の「ジュニアペンシル」も、芯が太くて好きです。近所の文房具屋さんで買った筆記用具入れに入れて欠かさず持ち歩いていますね。

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ハンカチ


服も持ち物も、黒や白、無地のものが多いです。色ものや柄ものが増えると考えることが多くなるという苦手意識があって。だからカバンの中身もほぼ黒なんですが、ハンカチだけは色や柄ものが好き。手帳や水筒など他の小物は毎日同じでも、ハンカチは替えるから、朝、気分に合わせて今日はどれにしようと選ぶのが楽しいです。

アニマルモチーフや花柄は、友人や仕事先の人がプレゼントしてくれたもので、「私ってこういうのが好きそう」と思って選んでくれたのかなと想像しますね。祖母がくれた白いハンカチも、冠婚葬祭用に、お菓子の空き箱に大切に入れて保管しています。

ハンカチにアイロンをかけるのも私には大切なこと。お手洗いや食事のときなどしょっちゅう使うけど、きちんとプレスしたハンカチを見るたびに、丁寧な所作を心がけようと思わせてくれるんです。

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中国茶


家で原稿を書くときはまずお湯を沸かします。ハーブティ、日本茶、ほうじ茶など茶葉を何種類も持っていて、自分で茶葉をブレンドさせて飲むことも。

なんでも一番おいしいときにいただきたいんです。食事しながらおしゃべりするのも苦手で、食事は食事、おしゃべりはおしゃべりで集中したい。中国茶のいいところは、小さい茶器に小さい茶杯で、熱いお湯を注ぎつづければ何煎でもおいしく味わえるところ。なので熱いものは熱いうちに飲んで、おしゃべりして、またお湯を注いで…というスタイルが私にマッチしているんです。

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学びの本


BTSにハマり、彼らの歌詞にある韓国の社会問題や歴史問題がどういうものなのかを知りたくて、韓国の文学や映画に触れるようになりました。若者も含めて社会に対して声を上げている韓国の人々の姿にも興味があった。それで勉強会を始めたんです。

毎回ゲスト講師をお迎えして、「韓国」「難民」「沖縄」「ロシアとウクライナ」をテーマに今までに4回、勉強会を行ってきました。興味はあるけど何から手をつけたらいいのかわからないという人が、聞いてみたい! 参加したい! と思えるような勉強会になればと思っています。

韓国のことを学ぶと、在日の人たちの歴史にも興味をもち、難民問題は遠い話ではないと知る。そして難民問題を知ると、同じ日本人でも、沖縄と本土は違う歴史を辿ってきて、今も差別や格差があるということが目に入ってくる。戦争の問題は終戦後もずっとつづいていると知った瞬間、自分のなかでロシアのウクライナ侵攻に繋がったんですね。知らなかったことを一つ知ると、次々に新しい世界が手を繋いでいく。難しさを感じると同時に、面白さや興味が深く広がっていく感じが楽しいです。

そしてせっかくならその分野に詳しい“オタク”に話が聞きたい。オタクほど、自分の分野に他の人を巻き込む力が強い人っていないじゃないですか。それは敷居が高いと思われている社会問題でも同じことだと思います。だから勉強会では“その分野のプロ=オタク”に話を聞くことを大切にしています。知識が増えることが生きていく糧になること、もっと伝わると良いな。

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幸せな雰囲気、表情のために。


美しさというと外見のことが思い浮かぶし、自分を好きになるために外見から磨いていくアプローチの仕方もありますね。ただ、心が充実していれば雰囲気や表情にも現れると思うんです。自分の心のテンションを、自分であげることの方が私には大事です。

たとえば体のために糖分の多いジュースよりもお茶を飲む方がいいということじゃなく、私はお茶を淹れて飲む時間が心を調整する時間になる、そういうふうに思っています。

好きなものの数は少なくていい。


猪突猛進型で、何かにハマるとぐぐっと深掘りするタイプです。他のことも全部ちゃんとやらなきゃと思うとストレスになってしまうので、なるべくシンプルに、目の前に何かが来たときに集中できるようにしておきたい。

あれもこれもと増やしても、結局はいらなくなるもののほうが多い。買ったけど着ない、みたいなのが苦手で、自分が好きなものだけあればいい。元々あまり周りのことが気にならない性格で、流行りとかに興味がないんです。中学生の頃、みんながモッズコートを着ていても一人だけPコートだったり。中学3年生から履いているブーツを今でも愛用しています。自分がずっと大切にしたいものを自信をもって選ぶことで、心を守っていたのかもしれませんね。
PROFILE
前田エマ(まえだ・えま)●1992年生まれ。東京造形大学卒業。オーストリアウィーン芸術アカデミーに留学経験をもち、在学中からモデル、エッセイ、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティなど、その分野にとらわれない活動が注目を集めている。小説集『動物になる日』(ミシマ社)発売中。

*撮影小物はすべて前田さん私物

photography : Kengo Motoie
text : Nobuko Sugawara(euphoria factory)