美しさについて。 vol.4 平松 麻さん

2023.02.23

Vol.4 平松 麻(画家)

油彩画をメインに、展覧会で発表している平松麻さん。柴田元幸氏の新訳による朝日新聞の連載小説『ガリバー旅行記』に、2020年6月から2年近く挿画を担当したことでも注目を集めました。今話題のアーティストである平松さんの思う美しさについて聞きました。

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——絵を描き始めたのはいつからですか?

思い返せば小さい頃からずっと絵を描いていました。たぶん、物心つく前から。
絵と関わって生きていきたかったけれど、絵を描くことが仕事になるという考えがありませんでした。キュレーターやギャラリスト、美術館で勤めることしか思い浮かばなくて。展覧会を企画するには会場の設計を学ばないといけないかなとインテリアデザイン事務所に就職したんですが、26歳のとき、自分は依頼を受けるデザインではなくゼロから創りたいのだと気づいたんです。そして本格的にキャンバスに油絵を埋め込んでいったのが29歳でした。

絵は教わるものでもないと思っていたから、専門学校にも行ってないし、美大にも行っていません。絵を描き始めた数年間は学歴を聞かれることも多かったですが、今は、学校で絵を教わっていないことは自分の強みだと思います。

油彩画を選んだのは、幼い頃から「根来塗(ねごろぬり)」という漆塗りが好きだったから。黒漆で下塗りし、朱漆で足していくという手法で、使うほどに朱が透けたり剥げたりして、黒漆が下から滲んでくる質感が美しい。経年変化を感じる漆みたいな絵肌にしたいんですね。美大に行っていたらそんなふうに考えなかったんじゃないかな。だから私にとっては漆が先生。今でもこういう絵肌を作りたいと思います。

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——目指す画家や、影響を受けたアーティストはいたんですか。

絵が大好きだから、好きな画家はたくさんいるけれど、ほかの誰かを目指すことはしません。その人についていくことになっちゃうから。

子どもの頃から心に溜まっていた景色があって、その風景が溜まりすぎて苦しくて、吐き出すように絵にしていました。目には見えないんだけど確かにある、自分のなかの景色を、キャンバスに出していくことで自分の内側に気づくんです。ぼんやりとしたそれを、描きながらピントを合わせていく感じ。知らないところを旅していると、どこかで自分の心象風景と合致する時があって、あ、これかと思うことがある。だから旅が好きですね。影響を受けるとしたら、旅で出合ったものからだと思います。

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——平松さんの作品には「雲」をモチーフとした作品が多くありますが、それが心象風景なのでしょうか。

小さい頃から雲になりたくて、親にもそう言っていました。雲ってつねに動いていて、ないようであるし、あるようでないし、毎日、空の展覧会を見ているような感覚になります。私は、目に見えない気配に実在感を覚えて幼少期を過ごしていたと思います。それがどうやら自分だけで、ほかの人は見えてないらしい。そんな子ども時代、雲が友達でした。包まれているような、理解者のような。そのときの風景を大事にしたいから、雲は描きつづけています。

靉光(あいみつ)という画家の作品『眼のある風景』がすごく好きです。小学3年生くらいのとき、1カ月間眼玉に追いかけられていたことがありました。朝起きても、通学路でも、授業でも、お風呂でも私を見てくる眼玉。親にも誰にも言えなくて。大人になって美術館で『眼のある風景』を見て、私と同じ風景を靉光も見てたんだ!と、すごく救われたことがあります。

最近、キャンバスに向かっていたらピンクが現れてきました。これまでは使ったことのない色です。心象風景にたどり着く前の、身体のひだみたいなところなのかな。これからどんな絵になっていくのかが楽しみです。

——このアトリエでその作品たちが生まれているんですね。

ここには自分なりの時空があります。置いているのは好きなものだけ。自分の作品だけではなく、人の作品も、拾った木も。絵を描くときのヒントを種まきしている感じですね。

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——朝日新聞の連載小説『ガリバー旅行記』(ジョナサン・スウィフト=作、柴田元幸=訳)で2年近く挿画のお仕事をなさいました。平松さんにとってどんな経験でしたか?

全85回、本当に楽しかったです。しかも世界中の人が知っている古典文学のための挿絵仕事は刺激的でした。油彩ではあまり使わない色をたくさん使えたのが面白かったし、物語の核心を掴んで絵にすることも楽しかった。自分の作品ではできない遊びをたくさんさせてもらえて、絵を描くスピードも上がりました。

『ガリバー旅行記』は世界中で読まれているけれどこんなに挿絵があるのはほとんどないみたいで、スウィフトの故郷アイルランドにも原画や画集『TRAVELOGUE G』を持っていって、見てもらいたいと思っています。

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——平松さんにとっての「美しさ」とは何ですか。

自分の野性を大事にする、それに尽きます。野性的な直感を軸に生きる人が美しいと思います。

——美しいものを見る“眼”を養うにはどうしたらいいでしょう。

昔は、色々なものを見た方がいいと考えていましたが、今は、野性の感覚を鈍らせないために、知らないことが大事だと思います。いかに自分を、知らない状態に保っておくか。色々と知りすぎちゃうと感動がなくなるのと一緒で、自分をまっさらな状態にしておくと、感動も好奇心も、美しいものをキャッチする眼ももてる。

だから、ここには何かがあると思ったら、蛇口を全開にしていきたい。何かに出会ったときに全部受け止められるようにしておきたいですね。

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PROFILE
平松 麻(ひらまつ・あさ)
1982年生まれ。油彩画をメインに、挿画や文筆も手掛ける。朝日新聞連載『ガリバー旅行記』の挿画に描き下ろし・加筆した画集『TRAVELOGUE G』(スイッチ・パブリッシング)が好評発売中。2023年は多くの展覧会を開催予定。

movie & photo : Yu Inohara
text : Nobuko Sugawara(euphoria factory)