美しさについて。 vol.2 壱岐ゆかり

2022.12.08

vol.2 壱岐ゆかり The Little Shop of Flowers オーナー

2010年に原宿の一角で花屋「The Little shop of flowers」をオープンさせた壱岐ゆかりさん。インテリア、アパレルのPR業のキャリアを経て辿り着いた「花屋」の道。それは試行錯誤の末の思いつきだったとか……。花の美しさを、循環的に、多様に伝えている壱岐さんに「美しさ」について聞きました。

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———PR業からお花屋さんに転身したそもそものきっかけは何だったんでしょうか。

自分という人間の核となる何かを探していたんですね。
アーティストやブランドのPRって対象そのものを引き立てる役回りで、自分が一番手になりたい性格ではない私にとっては心地よい仕事でした。性格が地味なりに、彼らの魅力を伝えようと楽しんでやらせてもらってました。ただ、いずれ契約は終わるし、そうなったら彼らには会えなくなってしまう。この仕事がなくなったら自分には何も残らないのではと怖くなった時期がありました。

魅力的なアーティストやデザイナーばかりだったので、会えなくなるのが嫌で、仕事の関係性がなくなっても付き合ってもらえるような人間になりたいと思ったんです。それで自分自身も輝く何かがほしくて、色々試しました。化粧品を作ったり、あれこれやって、最後に行き着いたのが「花」だったんです。思惑もなく、偶然に。お花だったらアーティストやブランドを手伝いながら展示会を飾ることもできるし、彼らの仕事ともバッティングしない。何より彼らを引き立てることができる。その装花スタイルに私らしい想いを感じてくれたら、ずっと友達でいてくれるかなって。そんなふうに、自信のなさから始まったんですね。

——「お花」という商品は、当時壱岐さんにどう映ったんでしょう。

始めた当初は、お恥ずかしながらまだお花を生き物として扱っていなかったと思います。
PRという仕事が、成果物を通して人に伝えていくものだったので、花が種からどう育ってどう咲いて、どう散っていくかという成果物の前後全てに関与すると言う思考がなかったんだと思います。あくまでお花が咲いたときが“完成”で、カラーパレットの一部でしかなかった。今思うと、小さい頃も16色のクレヨンより500色のクレヨンで絵を描くのが好きな子どもだったから花の色に惹かれたところも大きいのかもしれません。そんな感じで、季節に関係なく仕入れをして、それを店頭に並べるだけの、表層的な美しさしか見れてなかったと思います……。

10年以上経って、美しさの価値観が自分の中で育ってきたように思います。
お花屋さんに並んでいる花は、例えていうなら「20代の可愛くてきれいなとき」。でも、その姿になるまでの過程も、枯れていくまでもすべてが美しい。そのことに気づけたのも、花屋になり花に関われたからだと思います。見頃の美しい花を見せることがこれまでの花屋の役割でもあったけれど、最近は花の一生の美しさを伝えるためにどうすればいいかを考えるし、そこに面白さを感じるようになりました。

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——コロナ禍で、人びとがお花屋さんに求めるものも変わったのではないでしょうか。

すごく変わりましたね。コロナで外出自粛が始まった初期の頃に、お花を買いに来られないお客さまのために「リトル宅急便」という東京23区内への配達を始めたんです。スタッフがブーケを作り、私ともう一人が配達に行っていました。対面ではお会いできないのでドアのところに置いておくんですが、インターホン越しに涙を流される方もいて。多くのお客様がお手紙をくださったし、食べ物や飲み物を置いてくださる方もいました。ああ、お花は生活必需品なんだってお客様とのコミュニケーションを通じて痛いほど感じたんです。

人間は自然のサイクルのなかにいるということを、私たちが言わなくても伝わっているんじゃないかって、無人になった東京の道路を運転しながら思いました。

——花農家さんに会いにいくというプロジェクトも新鮮でした。

市場がまとめてくれる価値も大事にしていきたいし、同時に食材と同様で、産地直送の良さや育った環境、作り手の顔も見えるようにしたい。それはレストランチームとともに活動している花屋としては自然な発想で、それができるタイミングがいつなのかを見計らっていました。

でも、コロナ禍で営業をストップしなければならないお花屋さんも多くなり、市場が必要以上に仕入れないようになり、選択肢も本数も激減しました。うちはリトル宅急便で必要不可欠になったお花の配達需要で通常の何倍もの仕入れをできるようになったこともあり、市場だけだと足りない……。今こそ市場&産直をいい塩梅で伝えられる時期なのかもしれないと思ったのです。それでいくつもの農家さんに突然お電話させていただき、私たちに買い取らせてほしいとお願いし、売ってもらうようになりました。なので、必要に迫られて産直ができるようになったんです。コロナ禍が落ち着いてようやく、その流れで、お電話だけの関係だった農家さんの想いや環境を実際に見てみたくなり、お花農家さんに会いに行かせてもらう時間が私たちの中に加わるようになりました。

ずっと「eatrip」(※)と一緒にやってきたので、鮮度はもちろん、物事の道理としても産地直送がいいとは思っていました。食べ物はこの10年でみんな産地を気にするようになりましたが、今、遅ればせながらお花にもその動きがあります。食べ物と同じだと気付き、生活必需品の枠に花も入ると思う人が増えたり、その動きが活発になっていると思います。

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——花の残渣で染色して、お洋服や雑貨なども手掛けられましたね。どのように始まったんですか?

これはコロナ禍前ですが、コンポストづくりをしている友人からお声がけをいただき、毎日大量に出る花の残渣を一部渡していたんです。でもコロナになり基本的経費を見直す中で、ゴミ代に注目し、コンポストやドライフラワー、押し花にするだけでは削減できないゴミの捉え方を考え直すステージに入るようになりました。

化学染料を少しとお花の残渣でできる染料で染め洗濯機で洗っても色落ちしない、現代の生活スタイルに寄り添いやすい「ボタニカルダイ」という染め方があるんですね。当初は花の残渣が色になるなんて、よくわからないし興味を沸かせる想像力がなくて、、、打ち合わせを重ねて花の残渣を持っていくうちに、この色がこうなるんだと納得するようになって。温故知新というか、古きを学び取り入れるだけでなく、現代の技術を取り入れる染色スタイルにも心が惹かれ、次第に、100%天然素材で染める手法の良さも学びを得るようになっていったんです。

「リトル宅急便」でお客さまから感謝の言葉を何千といただいたので、何かお礼がしたくて、皆さんがオーダーしてくださったお家用のお花を作るために出た花の残渣で染めたハンカチを作ったら、お花の一生を共有しやすいかもなあと思いお渡ししました。みなさんすごく喜んでくれて、違うサイズはないのかと聞かれるようになり、あ、これ商品になるってことかと言う発見につながりました。この数年、周りの人たちから機会を与えられて、気づきの多い時期だったと思いますね。

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——「美しさを見る目」はどう養われると思いますか? 壱岐さんにとって美しい人ってどんな人でしょうか。

大切なのは「探究心」だと思います。私が、考えたってしょうがないじゃん、思い通りにいくことなんてないんだからまずは動け、というタイプ。動ける体を持っているし、言葉も、目も使えるのであれば行動あるのみ。一歩目は怖いんですけれど。動いちゃえばそれが失敗かどうかわかるし、失敗も味になる。行動力も大切ですよね。

そして、美しい人っていうのは、物事の始まりから終わりまでを考えられる人かな。大きな枠組みのなかで物事を捉えている人は、今という一瞬だけを見ていないから、たとえ今機嫌が悪くても今日はそういう日なんだって思える人。この1年が悪かったとしても来年は大丈夫って思えるような人。何事にも過去があって未来がある、そうやって物事を見られる人が美しいなって思います。


※eatrip :
The Little Shop of Flowersと隣接する人気レストラン。2010年のオープン時からビジネスパートナーとして歩んできた。


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PROFILE
壱岐ゆかり(いき・ゆかり) 
「The Little Shop of Flowers」主宰。インテリアショップやファッションプレスなどを経て、2010年に週末だけのフラワーショップを東京・代々木上原にオープン。2012年に東京・原宿に移転。渋谷パルコの1階で日中はフラワーショップ、夜はワインスタンドに代わる〈The Little Bar of Flowers / fresh flowers & bar stand〉もスタート。

movie&photo : Yu Inohara
text : Nobuko Sugawara(euphoria-factory)